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2006年08月05日

ハワイ島コナ〜風が優しくサンセットの美しい街

1985〜88年

カイルア桟橋の近く

ハワイのネイバーアイランドで観光でよく泊まるところといえば…マウイ島のカアナパリ、ラハイナ、カパルア、ハナ、カウアイ島のハナレイ、ポイプ、ハワイ島のコナ、ヒロ、ワイコロアあたりが思い浮かばれますが、私のイチオシはハワイ島のコナKailua Konaです。

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高層の建物がなく、なだらかなマウナロアのふもと、目の前は広い海、人口もさほど多くなく、人の混みあうこともないこの街に1985年に初めて訪れたとき、あまりの心地よさに感動したものです

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その当時のコナの住民は、喧騒のホノルルから離れてマイペースで豊かな自然の中で心静かに暮らそうとしている人が多かったように記憶しています。また、広いハワイ島の平坦な大地を利用してランニング、サイクリング、水泳、フィッシング、ゴルフ、テニスなどのスポーツに勤しむ人も多いです。毎年秋に開催されるトライアスロンのレース「アイアンマン・レース」はこの種目の最高峰と言われていますね。

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おいしいシーフードも豊富だし、野菜も肉もそしてコナコーヒーもたっぷり味わえて、こんなにいいところなんて、他にあるのかしら?と思うくらいでした。さすがに最近は人口も店も車も増え、だいぶにぎやかになってきました。日本から、JALの直行便が飛んでくるくらいですからね。でも日本人観光客の大部分はワイコロアの巨大ホテルに泊まるらしいです。

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最後に訪れたのは2001年で、もう5年もごぶさたしていますが、そろそろまたコナの美しいサンセットを見に行きたいですね。本当に素敵ですよ!



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2006年07月30日

ハワイ島に見るハワイの原点〜プウホヌア・オ・ホナウナウ

1985〜88年

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ハワイ島の西側、コナの少し南にケアラケクアというところがあります。ほとんど人の住んでいないジャングルのような丘陵を車で下り、海につきあたると、ケアラケクア湾に出ます。ここがあのキャプテン・クックの上陸地点、世界がハワイを発見した場所です。

そのすぐ近くにある、ハワイアン(原住民)の聖地といわれる「プウフヌア・オ・ホナウナウ」です。カメハメハ大王の時代よりも昔からハワイアンが大切にしていた場所で、一種独特の雰囲気があります。

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そして、同じハワイでもここのパームツリーの美しさは別格だと思います。リゾートホテルのエントランスに見かけるような整然とした並び方などでなく、原始時代からの野生そのままの見事なありようが胸を打ちます。

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穏やかで広い海と豊かな緑、さえざえとした空気、そして遠くに見えるマウナ・ケア、マウナ・ロアの連山。神に守られた場所と呼ぶにふさわしい威厳と透明感が何ともいえません。

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いまでもほとんど変わらぬ風景だと思います。ハワイ島へ行かれたらぜひ立ち寄っていただきたい場所です。

2,3年前のJALやハワイ観光局のCMでも出ていた覚えがあります。ほんとに心が洗われますよ・・・


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2006年07月27日

ハワイ島に今も息づく古きよきジャパニーズソウル

1985〜88年

ハワイ島の観光と言うと、朝早くワイキキのホテルを出てホノルル空港から飛行機に乗り、コナ空港からバスでコナの街を通過してコーヒー農場でコナコーヒーを飲んで、ぐるーっと島の南を回ってキラウエア火山へ行って、運が良ければ溶岩の流れているところを見て、ヒロの近くのマカダミアナッツ工場とオーキッド(蘭)のガーデンを見て、また飛行機でホノルルへ・・・というのが多いのでしょうか?

ハワイ島は広いから日帰りはほんと大変ですね。実際に行ってきた人の話を聞くと、朝が早いわ、バスの移動が長くて眠いわ、帰りが遅いわ、料金が高いわ、とあんまりいい印象でないのが残念です。中にはめちゃくちゃ広くてハワイでないみたい、なんて声も聞きました。

もう一歩進んで、ハワイ島に2泊とか滞在してワイキキへ移動する人も多くなりましたが、ほとんどが島の北西にあるワイコロア地区のホテルに泊まってます。ビッグでゴージャスな一流ホテルですから、ここの中だけで終わってしまうことが多いですね。オプショナルツアーでキラウエア火山かマウナケアの天体観測に行くくらいですね。

でもでも・・ハワイ島は見所が山のようにあるんですよ。時間をかけて、マイペースで歩くなりレンタカーでゆっくり眺めていると、心を癒されるような「隠れた名所」がたくさんあるんです。今日からご案内するのは「ハワイ島に息づく日本人のソウル(魂)」です。ちょっとオーバーかな?

今から約130年くらい前の明治時代カラカウア王の招きで日本から移民が大勢ハワイにやってきて、苦難の歴史を刻みながら今日のハワイ社会を形づくってきたことはご存知だと思います。ある人はさとうきび栽培、ある人はコーヒーの育成、別の人はマカダミアナッツの農場…などと今の私たちには想像もつかない苦労と努力を重ね、太平洋戦争では日米の間で揺さぶられ、ようやく平和な生活を手に入れてきました。

そんな彼らの歴史のほんの一部でも感じながら、このハワイ島の豊かで美しい自然を見れば、感動的な思い出になります。コナコーヒーがなぜあんなにも美味で苦味が無く香ばしいのか、なぜマカダミアナッツは素敵においしいのか、真紅の花アンセリウムの美しさもみんな日本人の感性と努力がベースなんです。そのことだけでも知ってハワイ島を巡ると、ものすごく愛着がわきますよ。
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また、豊かな自然の中に突然「和風」を見つけるのも楽しいです。20世紀初頭に大勢の日本人移民がコミュニティを作り、2世、3世の日系人たちが大切に守ってきた施設に歴史と魂と文化を感じるのも素敵です。

これはコナの南のケアラケクアにあった映画館です。今はカフェやスーベニアショップになっていますが、1920年代のアールデコのデザインの名残が印象的です。日系人が建てたのか日本映画が上映されたのかは知りませんが、日系移民の多く澄んでいたエリアですから、地域の憩いの場としてにぎわっていたんだと思います。

アロハシアター
コナシアター

こちらはさらに南に下ったナアレフという街の映画館です。この街にも日系人を多く見かけます。

ナアレフの映画館

こちらは島の北側、ヒロの近くのホノムウという街のお寺です。「ODAISHISAN=お大師さん?」という看板がなんともほほえましいです。ここの近くに有名なアカカ滝があり、それを観にいった時に見かけました。

ホノムウ大師

こちらのお寺はコナの南のホナロウにある「大福寺」というお寺です。なかなか立派な造りで、完成直後はべんがら色の塗装がさぞかし綺麗だったでしょうね。中に入るとキリスト教会のようにベンチに座るようになっていますが、仏壇祭壇は立派ですよ。

大福寺

そして大福寺の隣にある日本食レストランの「てしま」です。数年前までは観光ガイドに載ってない、地元住民のためのお店です。昨日ご案内した日本びいきのアメリカ人ジャックさんが連れてきてくれたのですが、以後親しくお付き合いさせていただいてます。詳しくは別の機会に・・・

てしま

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2006年07月26日

ハワイ島コナ…フレンドリーな大人の街

1985年6月

初めてのコナ滞在は、街の中心ストリートであるアリイドライブのすぐ近くにある「コナ・アイランダー・イン」というホテルでした。シンプルなロッジ風の2階建てで料金がリーズナブルでした。

コナ・アイランダー・イン

荷物を解いて、楽な恰好に着替えて夕方のコナの街に繰り出します。まずはすごくおいしい空気と耳に優しい波の音とともにモクアイカウア教会カイルア桟橋のあたりをそぞろ歩きします。ワイキキのにぎやかさとはまったく違った穏やかさがたまらなくいいところです。
他に歩いている人を見ると、品のいい白人の年配夫婦やハネムーンのカップルなどが目立ちます。騒ぐ人などおらず、みな思い思いにコナの美しいサンセットタイムを楽しんでいるようでした。

カイルア桟橋向いのキングカメハメハホテル

私たち家族は思いがけず、歩き始めて30分も経たないうちに友達を作ってしまいました。東部ニュージャージーからバカンスに来ていた老夫婦は地元でアイスクリームのハーゲンダッツの加盟店オーナーでした。なんでもご主人が太平洋戦争後に沖縄に居たことがあるそうで、私たち日本人には親しみがあったらしいです。30分近く立ち話をし、お互いの住所を交換、その後数年、クリスマスカードをやりとりしました。素敵で気さくなご夫婦でした。



そこにもうひとり背の高い初老の白人男性が通りがかり、あまりに親しげに会話する私たちに「フレンズ?」と声をかけてきました。どうも日本人に興味あるらしく、私たちがさっきの白人夫婦とバイバイした後、しきりに話しかけてきます。それも「トーキョー」「シブヤ」というから驚いて、我々は渋谷に住んでいると自己紹介したら、彼はもっと驚いて名刺を差し出しました。そこには…「渋谷駅 骨董品店」とありました。私たちは目が点になった面持ちで彼の話を聞きました。名刺には金の縁取りがしてあり、写楽のような歌舞伎役者の絵をトレードマークにしていました。

渋谷駅骨董品店の名刺地元紙の広告←拡大できます

名刺にはジョンと書いてあるけど自分でジャックと呼ぶ彼は、コンピュータ企業の日本支社に10年いて、渋谷駅の近くに住んでいたそうです。その間に日本や中国の骨董品をコレクションし、ここコナで店を開いていたのです。

コナのお店「渋谷駅」

片言の日本語と英語とで会話をするうちに彼は私たちを自宅に招いてくれました。翌日の夜、コナの山側のなだらかな丘陵の、海の見える素敵な家に行き、彼の日本人の友人で板前であるアキさんの包丁さばきによるおいしい刺身をごちそうになりました。

ジャックさんの自宅で左がジャックさん、右は筆者

フレンドリーな人がたくさんいて、コナはなんてすばらしいところなんだ!と思わずにいられないような話でした。

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2006年07月25日

ハワイ島コナ…大自然と人の優しさに包まれた街

1985年6月

コナ空港からレンタカーで出発。溶岩台地の中のハイウェイを南に向かって走ります。この光景には誰もが驚くはずです。どんなに話を聞いたり、写真を見たりしていても、この豪快な、広大な風景は自分の目で見るまで理解不能だと思います。

4千メートルの高さを持ちながら果てしないほどの裾野を持ったマウナケア山と荒野と溶岩。道路には街灯やガードレールも標識も無く、大陸並みにまっすぐに走ります。宇宙に吸い込まれそうな青空と午後の陽光にきらきら光る太平洋の海面が心をさわやかにします。ホノルルのあるオアフ島からたった1時間飛んだだけで、こんなに違うハワイがあるのか、という驚きでいっぱいでした。

通称「コナ」で呼ばれるこの街は正式には「カイルア・コナ」というそうです。「右折 カイルア・コナ」の標識に従って曲がると、ちょうど海に向かって坂を下る感じで、道の両側に見事に植えられた背の高いパームツリーが出迎えてくれます。低層のホテルしかないため、坂上からほぼ360度に近い角度で海が見えてなんとも美しいです。

カイルアコナの入口

20年経ったいま、コナの街は人口も増え、行きかう交通量も増えたようですが、それでもパラダイスのような心地よさを保っていると思います。ぎらぎらした暑苦しさは無く、不思議に乾いた空気と穏やかな波の音がやすらぎを与えてくれます。

コナの街角

街の中心部に位置するカイルア桟橋と、その対面にあるハワイ最古のキリスト教会「モクアイカウア教会」を軸にわずか2キロくらいのエリアですが、歩いても、車で通っても気持ちのよいところです。

カイルア桟橋周辺

1985年時にはまだ独身でしたが、1996年の秋、モクアイカウア教会で妻と結婚式を挙げさせてもらいました。そのくらい、このカイルアコナという街に惚れ込みました。

モクアイカウア教会モクアイカウア教会

コナ・コーヒー、アイアンマン・トライアスロン、カメハメハ大王の宮殿フリヘエ・パレス、モクアイカウア教会といった名物や観光地のほかはそれほど見所がないように思われますが、コナの魅力はたっぷりあります。
1985年当時のアリイドライブはこんなにも空いていて、のどかな雰囲気でした↓
コナの街角

しばらくはコナの魅力と想い出を綴ってみようと思います。

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2006年07月22日

女神ペレの眠る島に導かれて〜1985年

1985年夏に初めてビッグアイランド(ハワイ島)を訪れたときの印象はとても強烈なものでした。

それまでの3回のハワイはいずれもホノルル・ワイキキ泊まりでカウアイ島に日帰りで行っただけでした。初めてのネイバーアイランド宿泊をハワイ島に決めたのは、コナのホテルの宿泊料金がマウイのカアナパリ、カウアイのハナレイなどよりも安かったから…でした。

「地球の歩き方」や他のガイドブックで多少の予備知識は仕込んだものの、実際に自分の目で見るのとはまるで違います。

ミッドパシフィックエアーのYS-11(プロペラ機!!)でホノルル空港から約1時間、コナ空港が近づくほどに視界に入ってきたのは・・・溶岩のかたまり!!

ハワイ島

緑あふれる南の島というイメージでなく、どす黒い巨大な石の塊のような島で、沿岸部に少しだけ緑が見える感じでした。
澄んだ紺青の海と島に打ち寄せる白い波と黒い大きな島影、それが初めて見るビッグアイランドの第一印象でした。

コナ空港

コナ空港に着いてみると、ここでまた驚きです。空港のターミナルの建物がオープンエアーだったんです。ゲートの扉は木彫り、色鮮やかな花と樹木の美しさに見とれてしまいました。同じハワイでもホノルルとはまったく違う、陽光の強さ美しさ、海がそばなのにカラッと乾いた空気。腰が抜けそうなくらいの心地よさにうちのめされました。

コナ空港

そして、ここからレンタカーでカイルア・コナに向かいました。

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2006年07月19日

かってのアメリカの代表エアーだったパンナム-1985年

先日ご紹介したミッドパシフィックエアーと同様に80年代で消えた航空会社に、アメリカのフラッグキャリア、パンアメリカン航空がありましたね。1985年のハワイ行きはこれでした。それまで2回の成田発ホノルル行きはいずれも日本航空(JAL)だったので、なんとかアメリカ系エアラインに乗りたくて、航空券を入手したものです。

パンナムのマーク 成田-ホノルルの搭乗券

子供の頃、父の仕事の関係で外国のグッズが家にいくつかあった中に「PAN AM(パンナム)」のロゴ入りショルダーバッグがありまして、シンプルなデザインながらカッコよくて子供心にアメリカへの憧れを募らせたものです。映画やデザインなどの体験もあわせて1980年にアメリカ本土横断の旅を企画したわけですが、1950年代、60年代の豊かなアメリカを象徴するもののひとつがこのパンナムのロゴやグッズであったかなと思います。

ラゲージタグ パンナムのジャンボ

パンナムでハワイへ!という憧れを実現させて喜々として旅支度をしたのですが、実際乗ってみると・・・1980年代にパンナムは巨額の赤字を抱える斜陽企業となってしまい、サービスの質や雰囲気がずいぶん落ちていたのです。悲しいほどに貧弱な機内サービスと倦怠感に満ちたスタッフたちのやりきれない姿がハワイのまぶしい陽光とあまりに対照的だったことを覚えています。

結局、太平洋路線のパンナムはユナイテッド・エアラインに代わったようですね。今も残る、パンナムのハワイ観光広告を見ると、1950年代の古きよきハワイとアメリカのイメージが彷彿しますね。


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2006年07月18日

溶岩流に消えたカラパナの美しい黒砂海岸-1987年

カラパナ黒砂海岸

ハワイ島のキラウエア火山といえば、今も元気に噴火活動をすることでおなじみの観光地ですが、時としてケタ違いの溶岩を吐き出して、周辺の景色を変えてしまうこともあり、テレビのニュースでも見ますね。

なかでも1987年の噴火では、ハワイ島東部のカラパナ地区に大きな溶岩流をもたらし、美しい黒砂海岸として有名だったカラパナ・ブラックサンドビーチを覆い尽くしてしまいました。

カラパナ黒砂海岸 カラパナ黒砂海岸

ごらんの写真は、海岸が消滅する数ヶ月前のものです。コナに住むアメリカ人の友人がハワイ島を1泊2日で一周するドライブに連れて行ってくれたときで、コナから南回りで、サウスポイント〜ナアレフ〜キラウエア〜ヒロと巡る途中で寄りました。

このときすでに道路の一部が溶岩で封鎖され、遠回りさせられたものですが、このビーチに着いて、景色を初めて見たときのすばらしい感動は忘れられません。

カラパナ黒砂海岸 カラパナ黒砂海岸

人工的なものがまったくないその風景は、古代からのハワイの景色そのもの。雄雄しく打ち寄せる波ときめ細かな黒い砂の浜、根っこをむき出しにしながらも大きな葉を揺らすパームツリー…

カラパナ黒砂海岸

これほどの風景が溶岩流で消えたことに改めて自然の驚異に気づかされますね。同じハワイ島の南東部にプナルウ黒砂海岸がありますが、風景の魅力という点では、カラパナには及ばないですね。

カラパナ黒砂海岸 カラパナ黒砂海岸

このカラパナの風景が二度と見られないのは本当に残念ですが、一度なりと見られてよかったです。今でもこの写真を見ると、波の音が耳元に聞こえてきます。


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日本製のYS-11がハワイの空を飛んでいた…1985年

みなさんご存知の通り、ハワイの各島(オアフ、カウアイ、マウイ、ビッグアイランド、モロカイなど)の間の移動には飛行機が活躍しています。主な航空会社はアロハ・エアライン、ハワイアン・エアラインですが、1980年代にはもう一社、ミッドパシフィック・エアーという航空会社がありました。

私が初めてビッグアイランド(ハワイ島)に渡ったのが1985年でした。このときは東京の旅行代理店にエアチケットやホテルの予約を頼んだのですが、その時の飛行機がミッドパシフィック・エアーでした。

ホノルル空港の国内線ターミナルから飛ぶときまで、プロペラ機とは知らず、日本製のYS-11を目の前にしたときは博物館にでも来たか、という感じでおどろきました。

ミッドパシフィック・エアーのYS-11

機内の表示板なども日本語のままでした。なんか日本国内を飛んでいるような錯覚もありましたが、真っ青なハワイの空と海の間を約1時間飛んで、ハワイ島コナ空港に着きました。溶岩流が島を覆いつくしている感じのハワイ島を初めて見たときの感動は忘れられません。下の写真はコナ空港に到着する直前のものです。

ハワイ島 ハワイ島

風に揺れやすい軽い機体と大きなプロペラ音が今でも懐かしいです。残念な事にこのミッドパシフィック・エアーは倒産して、現在はありません。航空会社の経営は大変だそうで、数年前にもハワイアン・エアラインがアロハ・エアラインに統合されるとか言う噂もありましたね。

ラゲージタグ コナ空港

私のささやかな80年代ハワイの思い出でした。

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2006年07月17日

ハワイアンミュージックをチョイスするなら〜3 イズ

ハワイアンミュージックにもいろいろなタイプのアーティストがいますが、もっとも強烈な印象を与えてくれた一人が、イズです。本名はイズラエル・カマカヴィオレという長い名前で、相撲の小錦並みの巨体と優しさにあふれた美しい歌声が魅力です。

残念ながら数年前に逝去しましたが、今でもハワイの人たちの間で根強い人気があります。巨体ゆえにいつも椅子に座っていて、彼がウクレレを抱えるとまるでおもちゃみたいに可愛く見えたものです。

軽快なフラソングから「モナリザ」「虹の彼方に」などのスタンダードナンバーまで幅広く歌いこなしていましたが、なんと言ってもお勧めの一曲は原住民族としてのハワイアンのアイデンティティの復活を高らかにロマンチックに歌い上げた「ハワイ'78」という曲です。これはぜひ一度お聞きください。ハワイ島のミロリイビーチでの野外ライブが収録されたビデオ(DVD)にも彼の温かい人柄を感じられますのでおすすめです。



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posted by kona's charley at 22:07| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめハワイアンミュージック編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする